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ちょっと一服、サンディエゴ・トーク
(jsdgtalk_b.htm)
更新 : 2000 年 9月 23日
アメリカに長く住めば住むほど慣れて、昔の新鮮な驚きを忘れてしまう。 先日あるホームページを
見たら、ほんのチョットした事もこんなに新鮮なんだナーと感動し「そんなチョットした事を書いてみよう」
と思いたって始めました。
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各種の車の性能比較や、試乗レポートを掲載している雑誌やインターネット・サイトは非常に多く、これは日本でもアメリカでも同じように思います。そのなかの良心的ないくつかは、
できるだけ中立を保って公平な記事を書こうとしている姿勢が評価できます。しかしその他の多くは、読むにつれて大きな疑問符が浮かんでくるものがあり、
こんな記事を載せることによって何らかの利益供与を受けているなと思われるものが多くあるのは残念です。また、こんなことを書いてよく金になるなアとびっくりするほどお粗末なものも多くあります。
アメリカのこの種の記事は、トヨタついては比較的好意的に、ホンダもまあまあ、アメリカ国産メーカーについてはほとんどこきおろし、あたかもいいとこなしの感じ。
こういった辛口批評に耐え得る車を造って消費者に提供してくれるメーカーはやはり業績も伸びていますから、自由にいいたいことが言えて自由に売れる市場経済はすばらしいと思います。
参考までにこの様なインターネットを二つ紹介しますので、訪れて見て下さい。はじめのは辛口批評も載せている、
エドモンズ
次は、AOLが供給する性能と価格情報の,
インテリチョイス
いずれも英語です。
さっきトヨタについては比較的好意的、アメリカ国産はいいとこなし、と書きました。その書き方の例としてSUVでみると、トヨタのSUV、ランドクルーザー、車重量5,115ポンドの燃費は市街13マイル/ガロン、ハイウェー16マイル/ガロン、
一方フォードのSUV、エクスカーション、車重量7,150ポンドは市街12マイル/ガロン、ハイウェー16マイル/ガロン。重さを考えないと、ほとんど同じかトヨタが市街で少し良い。サイズや重さを考慮したら40%も重いフォードがほとんど同じ燃費ですから、
燃費では明らかにフォードの勝ちです。しかしエドモンズの批評は、トヨタのランドクルーザーは燃費もよくてすばらしいと書き、エクスカーションはガソリンを撒き散らしているような車、です。
エドモンズといえどもこうですから、しょせん自分で試乗して納得ずくで買わないと、どんな批評も当てにならないというところでしょうか。
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SUVとはスポーツ・ユーティリティー・ヴィークルの頭文字で、いまアメリカでものすごく人気のある車種です。アメリカの家庭では二台、三台の車を持っているのはごく普通ですが、その内の一台はSUVであるといってもあまり間違っていないでしょう。
SUVは余暇やスポーツ用に乗り回すだけでなく、通勤に使われています。普通のセダンに比べればあまり燃費が良いとか、乗り心地がスムーズだとか、加速が良いとか、スピードが出るとかといった点はなく、今までの車をデザインするといった観点から見れば、完全に逆行している代物です。
そしてむしろ値段も高く、SUVとカッコ良く呼んでも、もともとは、いわゆるトラックなのです。しかしなぜかものすごく人気が出てきています。
いま、このように疑問符を付けながらこの文章を書いていますが、正直に言うと、私自身もSUVのオーナーです。フォードのイクスカーションという車種で、6.8リッター、V10、310馬力のエンジンが付いています。あまり燃費の良いエンジンではありませんが、
オーバー・ドライブのギヤーが付いていて、トラックを基本に設計したしたSUVとはいいながら高速性能もまずまずです。
こんな車に乗ってみて感じるのは、余分なスペースがふんだんにあって荷物を気軽にどこにでも乗せられること、
車高がはるかに高いので前方を良く見渡せて思ったよりは運転が楽であること、車を運転しているといった実感が強いことなどです。そして二列目三列目の座席が倒したり取り外したりできる構造になっていたり、ボートや荷物を載せたトレーラーを簡単につないで引っ張れるようになっていて、非常に使い勝手が良い設計です。
こんな多目的にできていますから、二輪駆動と四輪駆動を瞬時に切り替える設計にもなっています。
このように急激に伸びているマーケットに、思ってもみなかったメーカーが目をむくような高価なSUVを投入し始めました。それはメルセデスベンツとBMWで、特にベンツは値段がものすごく高く、しかし性能も立派な(のように見える、乗ったこともないので)$65,000から$140,000もするSUVを売り出しました。
さあどんな需要を獲得できるのか、興味のあるところです。
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今週、5月29日の月曜日は「メモリアル・デー」で振替休日でした。正式な記念日は5月30日ですが、週末に連続して休日にしているためです。メモリアル・デーは一口でいうと日本のお盆のようなものですが、日本に比べたら歴史の浅い米国では、国のために命を懸けて亡くなった人達を追悼する日です。
当地のサンディエゴでも主要な墓地、特に軍人の埋葬されているところで追悼の式が営まれます。ローカルのテレビでも式の模様を放映し、ちょっと厳粛な雰囲気を伝えていました。
日本でも最近は国歌とか国旗とか、いわゆる国としてのアイデンティティーをもっと考えようと言う雰囲気になってきて、個人的には喜んでいます。愛国心の強い米国では、メモリアル・デーは大切な日です。まだ、いまだに
ベトナム戦争の影を引きずっている社会ですから、厳粛な気持ちでこの日を迎える人達も多くいます。
歴史的には1868年5月30日に始まっています。当時は「デコレーション・デー」とも呼ばれ、お墓をきれいに花で飾って、戦争で、すなわち南北戦争でなくなった人々を追悼すると言う意味があったのです。しかし、南北戦争終結後余り時間が経っていない当時でしたから、当然ながら南部の人達には直ぐに受け入れられず、ずっと後まで、南部諸州では
違う日に行われていました。
今では5月30日が全ての戦争のメモリアル・デーとして一応統一されてはいますが、それでもアラバマ、フロリダ、テキサス、ミシシッピー、サウスカロライナ、ルイジアナ、テネシーといった旧南部の州では、南北戦争のためだけのメモリアル・デーが別にあります。
こんな所を考えるとアメリカの南部の人達は非常に頑固者ぞろいです。7,8年前まで南部の田舎で長く暮らした経験が有りますが、自分達の伝統ややりかたを頑固に守っていると言う感じが強くありました。話し言葉も南部訛りが強く、独特の言い回しで、ユニークです。でも皆んないい人達でした。
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バリア・フリーという言葉が日本で使われ始めた事を2年前に知りました。この言葉は障害をもっている人達が、通常の社会生活を送れるように道路、交通機関、公共性の高いビル、
そして人の心までをも含めた受入態勢を整備し、障害をもった人達が出来るだけスムースに社会活動に参加出来るようにする事のために使われています。
アメリカではこの様なインフラ整備にかなり前から取り組み、十数年前に法整備がなされて、例えば、身体障害者用の駐車場は建物の出入り口近くに、定められた広さのスペースを定められた数だけ用意したり、
建物の出入り口は段差を無くしたりスロープを作ったり、トイレは身体障害者専用にスペースが広く、紙や水道の蛇口を低く取り付けたり、二階以上への移動は必ずエレベーターをつけたり、非常に細かく定められています。
数年前までは日本国内を鉄道で旅しても、上りのエスカレーターが有るのに下りがなかったり、エレベーターさえなかったり、身体障害者にとっては非常に不便でした。今回日本を訪れて、駅員さんが二人ホームに待機していて、
電車が入ってきたら、車椅子に乗った人を電車からホームに降ろすのを見かけました。車椅子の人も駅員さんも普通に振る舞って、見ていてもだいぶ変わったなーと思いました。
新しく出来た駅では上り下りのエスカレーターが設置され、エレベーターもきちっと付いて、徐々にインフラ整備が進んでいる事をみて、嬉しく思いました。
パラリンピックでも世界中からの参加者がドンドン増えていますし、日本も積極的に参加していますから、この様な活動を通して理解がますます増えていくといいなーと思います。
たまたまこれを書いた翌日の日本からの新聞に、日本でも交通バリア・フリー法案が可決されたという記事が載っていました。それは「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」という名前だそうですが、
新設する鉄道駅や空港にエレベーター設置などを義務づけたものとの事です。又同じ記事に、建物に関しては同じ法律がすでに施行されているとありました。このために、今回、変わったなーとの印象を持った理由も良く分かりました。
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すばらしい夏を予感させる季節がまた巡ってきました。今日は早朝、5時ころ東の空から明るくなって 6時には日の出です。太陽が顔を出す場所もだいぶ北東に移ってきました。
今はサマータイムで、4月の初めに時計の針を1時間進めました。そのときはちょっと1時間損をしたような感じもしましたが、いよいよ夏を迎えるのかといった少なからぬ興奮もありました。
暗いうちから名前も知らないいろいろな種類の小鳥達もさえずり始め、そのさえずりに合わせて太陽が顔を出し、徐々に昇っていきます。空はすでに青くなり始めて、快晴の兆候です。
こんな朝がこれから毎日続くと思うと、すごく幸せな、ウキウキした気持ちになります。
週末の早朝はよく散歩をしますが、空気はまだ冷たくて、歩いてすこし火照って来た体には大変心地よく、元気が出ます。こんな時は爽快そのもの、歩く速さも自然に早くなるといった感じです。
散歩しているのはもちろん私達だけではありません。ここにもあそこにも、犬を連れた人やジョッギングをする人達も、ハーイ、グッドモーニングと挨拶を交わします。中には息を切らせてはーはーいいながら、ただ手をあげてすれ違う人もいます。
一回りして又同じ人に会って、今度は少し親しくハーイ。
犬を連れていて小さな袋を持って歩いている人に会うと、さすが、と感心しますね。おわかりですか?ちゃんと犬の落とし物を丁寧に拾って、袋に入れて持って帰るんです。早朝でそれほど人がいないのに、もちろんコミュニティーの規則ではちゃんと始末して帰って、
となっていますが、そのまま知らんふりしても分かりませんよ。こういう人を見ると、サンキュウといいたくなります。気持ちも晴々します。
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今日は「グッド・フライデー」、聖なる金曜日の祝日です。グッド・フライデーは復活祭、すなわちイースター・サンデーの直前の金曜日で、キリストの受難日です。
イースター・サンデーの早朝には、復活という意味で戸外で日の出を祝う儀式があります。イースターは春を告げる祝日でもあり、色をつけてデコレーションした卵を庭に隠して、子供達に探させるゲームをしたり、バニー(ウサギ)がチョコレートのたくさん入ったバスケットを抱えて出てきたり、
ゆりの花を飾ったり、飾りのついた帽子をかぶったり、卵ころがしをしたりと春を楽しむ祝日で、子供達にとっては、本当に楽しみにしている一日です。
春を告げる季節を祝うのは、洋の東西を問わず世界中にありますね。日本でも春分の日が祝日です。春分の日はご存知のとうり、昼と夜の長さがほぼ同じで、春を告げる日です。イースターは春分の日、
すなわち「イクイノックス」といいますが、この日の後に来る最初の満月の直後の日曜日に祝います。なぜこのように決めたのか知りませんし、ちょっと複雑で、このルールをよく知らない人も大勢いますが、
四世紀以降、この習慣だといいます。
イースターという語源や、卵、バニー、ユリの花、バスケット、帽子などはそれぞれに起源があって、キリスト教だけでなく、そのたの多くの宗教に由来するという事です。イースター・復活祭はキリストの復活を祝っていますが、
その他に子孫繁栄や再生をも意味する、古来からの春の祝いがもとにあります。
春は花が咲き、実をつけるもと、イースターはイオスター(Eostre)という名のアングロサクソンの母なる女神から、卵は子孫繁栄のシンボル、バニーと卵はノルウェーの女神オスタラ(Ostara)のシンボル、
ユリの花はその形から繁栄のシンボルというように、多くの古くからの起源があります。
イースターの週は何となく晴れやかで楽しい、何かきっと良い事がありそうな、そんな日々です。
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私の職場では普通、E−Mailを頻繁に使ってコミュニケーションをしています。アメリカですからもちろん英語でです。E−Mailは社内の誰にでも同時に送れますから、7年くらい前に使いはじめた時は、
毎日デスクに届けられる書類の山が一挙に10分の1くらいに減って、資源節約に一役買ったことを印象深く覚えています。同時に、ちょっとした通達だけの会議もなくなりました。時間のセーブです。
ここでハッピーエンドとなっていれば、このコラムもなかった訳です。しかし、そこから悲壮な戦いが始まりました。
役目柄か、このE−Mailが一日40通から50通来ますので、それを全部読みこなすのが一大仕事です。日本語でなら、あるていどの速読に慣れているからいいのです。
例えば日本語の新聞だって、この技術で斜めに読めますから。でも誠に残念ながら、長いこと英語に携わっていても英語の速読ができません。
でも良いこともありました。失敗を重ねるうちに、日常使う単語のより深い意味や使い方がだんだんと分かってきたのです。最初のころは使い方を間違えては、相手に不快感を抱かしたり、
誤解を与えたり,怒られたりと失敗の連続でした。返って来たメールを見ればどうも間違えたかなとか、使い方が良くなかったかなとか分かりますから。ボスから皮肉を交えた返事が返ってくると、
あれっ、またやったかと反省する訳です。
会って話しをしていれば直ぐ聞き返したり、顔色を見たりと確認の手段があります。書いたものは文字しかありませんから、それを自分の感覚で理解する訳です。同じ言葉感覚を持っていないと誤解が出ます。
つい最近もこんなことがありました。日本語で「それは非常に難しい」といえば、普通「出来ない」と解釈しませんか? この使い方でも失敗しました。このメールには、それでおまえはそれを「するのか?しないのか?」でしたから。
日本語の文化と英語の文化は、こんなちょっとしたことでも違うんだなー、としみじみ思いました。
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3月17日はセント・パトリックス・デーです。この日、若し緑色のものを身につけていないと、人が寄ってきてあなたをツネリます。なぜこんな奇妙な習慣があるのか、
人に聞いてみても皆目わかりません。とにかく、どうして緑色を身につけないの、といってツネルんですよ。バカバカしいというのか、郷に入っては郷に従えで、緑色を身につけない私が悪いのか、
良く分かりません。
セント・パトリックさんは四世紀から五世紀に生きたカトリックのお坊さんです。西暦385年生まれ。酉年ですか。だからツツク代りにツネルのですかね。とにかくパトリックさんの、もともと親がつけた
名前はメーウィンといったんですけど、小さい時から苦労したようです。それというのも、イギリスのウェールスに生まれたのですが、アイルランドから侵入して来たならず者の侵略者に住んでいた村を焼き払われ、
子供のメーウィンさんはアイルランドに連れて行かれて奴隷として売り飛ばされてしまったのです。
やはり後にセイントに祭られるメーウィン、すなわち、パトリックさんは非凡だったと見えて、うまく逃げ出して修道院に入り、十数年も一生懸命修養を積みました。そしてカトリック司教としてアイルランドでの布教
を任されたのです。そして大成功を収めてセイントに祭られました。このパトリックさんの命日が3月17日なのです。多分カトリックの祭日だったこの日が命日なので、パトリックさんを忍ぶ日にしたのでしょう。
まだなぞは残ります。どうして緑色? パトリックさんは三つ葉のクローバーを良くたとえに使って説教をしたそうです。一つの茎から三つの独立した葉っぱが出て喧嘩もしないと。なぜか今は四つ葉のクローバーの紋章を
胸につけてくる人が多いですが、ま、いいでしょう。緑はどうもこのクローバーの緑のようですね。クローバーはシャムロックとも呼ばれて、アイルランドの国花です。
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先日の新聞にありましたが、マイクロソフト社の創業者で CEO のビル・ゲイツ氏が更に「ビル・アンド・メリンダ基金」に寄付を入れて、ついにこの種の基金では世界最高額の60億ドル、6600億円にものぼる寄付を行う慈善事業団体になったという報道がありました。
「ビル・アンド・メリンダ基金」とは、ビル・ゲイツが元マイクロソフト社のマーケティング VP で、今はビルの妻であるメリンダと共同でつくる慈善事業基金です。
ビル・ゲイツは慈善事業家だとは聞いていましたが、どんな慈善事業をしているのかよく知らなかったので調べてみたら、良きアメリカ博愛主義に根ざした素晴らしい活動がなされている事に感銘を受けました。事業は大きく3分割されていて、世界健康保健、教育、北西太平洋地域事業の3っつです。
例えば最近の例で、健康保健への寄付だけで、7億5千万ドル(825億円)が世界中の子供達のワクチン基金に寄付されました。4千万ドル(44億円)が国際ワクチン機構に寄付されました。教育では、百万ドル(1億1千万円)が教育事業の改善に寄付されました。コミュニティーには、百万ドル(1億1千万円)がアラスカ博物館に寄付されました。
少し小金持ちになると、目立ちたがりの基金設立や寄付を行うにわか金持ちがよくあるなかで、こんなにも莫大な大金をごく地味な慈善事業につぎ込んでいる事など、世界中の大多数の人達は知らないでしょう。
最近、コミュニティーの非営利団体のボランティアーをして自分で汗を流してみて良く分かりましたが、多くのアメリカの会社の社長や役員達は、多かれ少なかれ自分で汗を流す奉仕をしている事を知って非常に感銘を受けています。自分の所属する地域へ金も出さず、汗を流しての奉仕もせず、ただただ自分の会社に
奉仕する事はそれなりに大切ですが、もっと懐の広い生き方も、人間の生き方の一つであるとしみじみ思います。
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久しぶりでスキーに行ってきました。雪に縁のないサンディエゴに住んでいると、時には雪にふれてみたくなります。ほんとうは、むかし子供の頃、腰まで積もった雪の中を学校に通ったのを良く覚えています。そんな時は、雪なんか降らねばいいのにと何度も思ったのですが、
基本的に贅沢なものです。
行き先はレーク・タホという、カリフォルニア州とネバダ州との境のシェラネバダ山脈の中にある、標高約7500フィート、2500メートル程の湖のほとりです。
ネバダ州はギャンブルを公認し、その収益からの税収入が多くを占めるユニークな所で、世界でも指折りの、ギャンブルで有名なラスベガスのある州です。レーク・タホの東岸は州の境界線が通り、そのネバダ側はもちろんギャンブル公認ですからカシノが何軒も有り、24時間、365日
開いています。
このレーク・タホの回りには、昔はスコーバレーの名の方がよく知られていましたが、ずっと昔、冬期オリンピックが行われたオリンピックバレー、アルパインメドー、ホームウッド、カークウッド、ヘブンリーバレーといった多くのスキー場があります。
今回はネバダ州境のヘブンリーバレーに行きました。ここはスキーによしギャンブルによし、退屈知らずの天国です。リフトで高みに上がるにつれて白い雪に囲まれた紺碧のレーク・タホが眼下に見え、北には雪のない盆地にある、ネバダ州都でもあるカーソンシティーが見えます。
もちろんパウダー・スノーですから素晴らしいスキーコンディションで、楽しい5日間を堪能してきました。
私はもちろんスキーでしたが、最近の若者達はスノー・ボードが多く、スキーとボードは半々くらいでしょうか。あまり混雑していないので何の問題も有りませんが、彼らは元気良く飛ばすので、混雑してくると問題かなとも思います。また結構年をとったスキーヤーもいて、
パラレル・スキーをこなしているのには感心しましたね。
一つだけ残念だったのは、頭脳の方は昔の素晴らしいスラロームやウェーデルンといった、パラレル・スキーのフォームをようく覚えていて的確な指令を出すのですが、足腰の筋肉の方は見る影もなく衰えて命令に従いません。これが仕事人間のなれのはてでしょうか。
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ノース・カロライナ州に住む友人夫妻が久しぶりに訪ねて来たので、旧交を温めながらゴルフをしたり、冬のサンディエゴを案内したりしました。
この時はジェット気流の気まぐれで、また、アメリカ大陸北部に冬の嵐が吹きつのり、太平洋岸のワシントン州から中西部、東部の大西洋岸一帯に、
氷雨や吹雪をもたらす大荒れでした。あまり雪の被害がないノース・カロライナ州に何十年に一度の大雪が降り、隣のジョージア州アトランタあたりまで雪や氷雨です。
ところが当地サンディエゴは一日中太陽が輝き、日焼け止めクリームがいるかなーと思うほどの好天続き。
ちょっと済まないような気もするほどでしたが、友人夫妻はもちろん大喜びです。
ある穏やかな一日、ラホヤ海岸であざらしの昼寝を見たり、静かな海を見たりしてのゆったり気分。パシフィック・ビーチを通りシーワールドをかすめ、ローマ岬へ。静かな外洋ではヨットレースの最中でした。残念ながらくじらのマイグレーションを見ることは出来なかったけれど、日本語を流暢に
話すアメリカ人のおじさんから、あなたは日本語が上手ですね、なんていわれて、??? とびっくり。何と答えるべきか言葉がありません。
ダウンタウンを通りシーポート・ヴィレージへ。ビール付きのシーフードで、みようによってはシーフード付きビールで昼食後、ほてった顔を心地よい風にさらしながら、ヨットハーバーやマリオットホテルの回りの散歩。アクロバットの凧上げを見て感心しました。
凧は地上から人手を借りず見事に離陸して、空中で急降下急上昇、横滑りや宙返りをやって、地上にソフトランディング。だいぶ練習を積んだ技術のようでした。
そして弓形に造形され、青く彩色されたたコロナード橋を渡ってコロナードアイランドへ。ここの広い奇麗なビーチに出て、引き潮の浜で貝拾いです。大型の千鳥や白いかもめ達も負けずに貝を突付いて、リラックスの一瞬です。遠くに見えるホテル・デル・コロナード
の赤い屋根が奇麗でした。次はもちろんホテルの散策ですが、残念ながらホテルでは内装や外装の大工事をやっている最中で、雑然としていましたが、地下のショッピングモールは楽しめました。
友人夫妻は無事ノース・カロライナに帰りましたが、引き続き雪が降っているようす。明日の日曜日はアトランタで年に一度のスーパーボールの試合ですが、氷雨が続いて高速道路は凍り付き、テレビではそのニュースで持ちきりです。
今日のサンディエゴの天気ですか?ガスがかかっていますが、雪や氷雨の心配はその気配もありません。
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ちょっと一服、サンディエゴ・トーク の3ページに行く
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