Good Ole Boy の
「サンディエゴ ぶらり、ぶらり」

(ページ改定 : 2002年10月11日)

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ミッション・サンディエゴ・アルカラ

海岸線より東に5マイル程入った「プレシディオ・ヒル」、要塞ゲ丘とでも呼ばれる最初の丘の上に、白亜のしかし時代を感じさせる建物が建ち、 そこからはミッション・ベイやミッション・バレーを見下ろす手ごろな物見台になっている。

ミッション・サンディエゴ・アルカラ伝道所は18世紀の中頃(1769)、カリフォルニアに最初の伝道団を設立したジュニペロ・セラ 神父により建設された。神父は始めに小さなチャペルを要塞の中に建てたが、立地条件が悪く多くの人達を養うに足りる作物や水が 不足し活動の障害になった。そのため伝道所は更に6マイル東の平坦で水にも便利な土地に移された。その後、始めのチャペルは建て 直され、今、博物館になっている。

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昔の伝道所がミュージアムとして残されている

当時カリフォルニアはメキシコ領であり、セラ神父は首府、メキシコシティーよりはるばるやってきた。 250年も前にこんなに長い道程をはるばるやってくる旅を考えると本当に驚くべき事である。多分道なき道を たどるにはロバの背を借りざるを得なかっただろうと思われるが、とにかく困難な旅であった事は疑いない。
ある参考書には神父達はロバの背を借りたのではなくて、自分の足で歩きとうしたとゆう。メキシコからカリフォルニア州 あたりはいわゆる砂漠地帯で、サボテンが生え、サソリやガラガラヘビがいる岩山が多く、大変な所である。

さきごろ、太平洋岸にそった高速1号線を車でたどる機会が有り、素晴らしい景色に見入り、野生を心行くまで観察する事が出来た。 道と呼ばれる道もなく、もちろんレストランや充分な飲み水もなく、暑い日中、長い道程を何日も何日もただひたすら旅をする。 こんな事を想像するだけでも大変な事である。それは伝道の為だったのだから、という人も居るが、もちろんそのとうりだったはずである。 しからば現代の、食物はあふれかえり、道は舗装され、高性能な自動車が走り、美酒に酔った現代の伝道とはいったい何か? これらを当時から比較外挿すれば、今もっと厳しい伝道が有っても不思議ではないかもしれないが、そのような物は、今ない。

ミッション・ベイ、ミッション・バレー、ミッション・ゴージなどの地名はみなセラ神父の伝道団のミッションから来ている。 サンディエゴは昨年リーグ優勝した野球チームのサンディエゴ・パードレスのホームグラウンドであるが、フランシスコ派の神父は 昔からパードレと呼ばれた事に由来している。



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